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【早稲田大学田原准教授執筆】体内時計を司る時計遺伝子の発見経緯とその重要性とは

生物が24時間を刻む仕組み

2017年秋、この年のノーベル医学生理学賞は「体内時計」でした。日本人ではなく、米国の研究者3名が受賞したので、記憶にある方は少ないかもしれません。しかし、体内時計研究者である筆者には大変喜ばしいことでした。

今回は、体内時計についてノーベル賞受賞内容と共に、読者の皆さんと勉強していきたいと思います。

脳内の中枢時計が指揮者

まずは私たち哺乳類の体内時計について紹介しましょう。

ここで重要なのは、私たちの脳の中には「中枢時計」をあるということです。中枢時計は小さな神経核ですが、マウス実験ではこの神経核が機能しないと、体内時計が狂い、15分おきに寝て、起きて、を繰り返すマウスになってしまいます。 そして、私たちは肝臓や心臓、腎臓などのほぼ全ての臓器、細胞に、「末梢時計」を持っています。

体内時計はよくオーケストラに例えられます。指揮者は中枢時計、バイオリンやトランペットなどの各楽器は末梢時計のある肝臓や心臓などの臓器です。指揮者が指揮をとることで、末梢時計はそのリズムに合わせて、時刻を調節します。指揮者が朝ですよ、と指示を出したら、末梢時計は朝に時刻を合わせて仕事を始めるのです。指揮者である中枢時計が機能しないと、末梢時計も時刻が分からなくなり、その結果上述のような睡眠リズムがなくなってしまうマウスになってしまうのです。

細胞ひとつひとつに体内時計が存在

では、中枢時計と末梢時計はいかにして時を刻んでいるのでしょうか?

まず、脳内でも末梢の臓器でもそうですが、その中には「細胞」があります。ヒトの中枢時計では、約4万個の細胞がギュッと密に詰まっており、その細胞ひとつひとつに体内時計は存在しているのです。そして、それぞれの細胞には、20-30個の時計遺伝子群が機能することで24時間を刻んでいます。

今回のノーベル賞は、この時計遺伝子を始めて見つけた研究者に贈られたものでした。

時計遺伝子がつくる24時間のリズム

現在までにたくさんの時計遺伝子が見つかっており、その数は20-30個と言われています。

その中でも特に、Clock(クロック), Bmal1(ビーマルワン), Period(ピリオド), Cry(クライ)という4つの遺伝子が大事です。ClockとBmal1は互いにくっつき、細胞内でPeriodとCryのスイッチを入れます。するとPeriodとCryはアクティブな状態に変化し、ClockとBmal1の機能を抑える動きをします。すると次第にClockとBmal1によるPeriodとCryのスイッチ効果が弱まり、アクティブなPeriodとCryが減少していきます。すると次第に、ClockとBmal1は機能を回復し、PeriodとCryのスイッチを入れるのです。

このオンとオフのサイクルが、約24時間で入れ替わります。これが、細胞が24時間の時を刻む仕組みなのです。私たちの体には約60兆個の細胞があると言われています。そのほとんどの細胞で、体内時計は存在し、それぞれの細胞が時計遺伝子を使って24時間を刻んでいるのです。

その司令塔、指揮者になっているのが、約4万個の中枢時計の細胞たちなのです。

体内時計がみつかったのは植物の研究から

体内時計研究の歴史は古く、その始まりは1700年代に遡ります。

特に、1729年にフランスの天文学者 、ドゥ・マランが、ミモザの葉が昼間に開き、夜に閉じる現象を調べて報告したことがよく引用されます。

暗闇でも1日を認識するオジギソウの研究

ドゥ・マランは、この昼夜の変化が、一日中暗い箱の中に入れても継続することを初めて示しました。
つまり、ミモザの葉が昼間に開くのは太陽光の影響によると考えられていたものが、太陽がなくても昼間には葉が開き、夜には閉じたのです。ドゥ・マランはこの時「ミモザは何らかの方法で太陽の動きを感じている」、つまり外部に原因があると考え、体内時計の存在には気付きませんでした。  

その後200年たち、植物生理学者のエルビン・ビュニングらが、これらのリズム現象が体内に存在する体内時計によるものだと考えました。
つまり、太陽という環境時計がなくても、ミモザが自身の体内時計に従い、そろそろ昼だと思って葉を開かせていたのです。同様の研究はその後ヒトでも行われ、1960年代に生理学者、ユルゲン・アショフらにより、時計のない薄暗い部屋にヒトを隔離しても、約24時間のリズム性を持って行動する(寝て、起きる)ことが示されました。

ショウジョウバエで見つかった時計遺伝子

その後、今回のノーベル賞受賞内容である、ショウジョウバエの時計遺伝子「Period(ピリオド)」の発見(1984年)に繋がるのです。しかし、その研究で使われたショウジョウバエは71年に分子生物学者のシーモア・ベンザー(1921-2007)とその学生だったロナルド・コノプカ(1947-2015)が報告したものでした。もし彼らが生きていれば、今回、あるいはそれ以前にノーベル賞を受賞していたのかもしれません。 ベンザーらは、突然変異を促す薬を使ってショウジョウバエの遺伝子をランダムに変異させて羽化するタイミングの日内リズム、さらに活動リズムに異常がある個体を見つけ、ピリオド変異個体として発表しました(“ピリオド”は日本語で”周期”という意味)。1日が早く終わってしまうハエ(短周期)、1日が長いハエ(長周期)、またはリズム性が消失し昼夜構わず活動・休息するハエの3種類を見つけました。

その後84年に、今回の受賞者、ジェフリー・ホールとマイケル・ロスバシュのグループ、マイケル・ヤングのグループが同時に、この変異体の原因遺伝子ピリオドの遺伝子配列を特定しました。具体的には、正常なピリオド遺伝子を変異体に戻すと、行動が正常化することを示しました。

これらの結果から、1日の活動リズム(行動)が、ある特定の遺伝子によって制御されていることが、初めて明らかになったのです。

ノーベル賞を取れたのはマウスを用いた研究のおかげ

時計遺伝子が見つかったのは1980年代なのに、ノーベル賞の受賞はそれから30年以上も経った2017年でした。どうしてこれほど時間が経って、今さら過去の研究が表彰されたのでしょうか?それは、哺乳類の時計遺伝子がその後1997年に見つかり、体内時計がさまざまな病気と関わりがあることが分かったからです。

体内時計が働かないと寿命は半分に

先に説明した時計遺伝子の一つであるBmal1(ビーマルワン)、この遺伝子が働かないマウスは、驚くことに寿命が半分になっていました。マウスは寿命が約2年ですが、このマウスは1年ほどで全ての個体が死を遂げてしまったのです。このマウスは、体の大きさも元から小さく、さらに生体内の臓器を調べてみると、酸化ストレスの蓄積が普通のマウスよりも多いことが分かりました。酸化ストレスは老化と共に増えやすくなり、生体内で有害に働くことが知られています。

つまり、体内時計がうまく働かないことは、老化が早まり、寿命低下に繋がるのです。実際の死因は、その後の研究で心不全ではないかと考えられています。その理由は、心臓だけBmal1が働かないマウスを作成した結果、寿命は同じように半分の1年だったからです。また、心臓は肥大し、機能低下が見られました。

体内時計が働かないと肥満に

さて、体内時計が機能しないマウスは心臓が弱く寿命が短いだけではなく、肥満になりやすいことも分かっています。

シフトワーカーは慢性的な時差ボケ

ここまで読んでみて、体内時計、時計遺伝子の重要性が分かって頂けたでしょうか?

では、日常に潜む体内時計が乱れる瞬間は何でしょう?
その代表例は時差ボケです。海外に行った際に、なぜか昼間なのに眠い、頭痛が、便秘や下痢が、、、などなど何かと体に不都合が現れるのは、体内時計が海外の時刻に合っていないからです。
そして、その時差ボケが常に起きている人は、夜間勤務者、シフトワーカーなのです。

夜勤をすること=発がん因子

看護師、介護師、キャビンアテンダント、パイロット、消防士、工場勤務者、飲食店の夜勤者、などなど、働く人の約2割の方は何かしら夜勤を経験する職業についていると言われています。それぞれの業種にもよりますが、夜勤をする、繰り返すことは、時差ボケを発生させていることに等しいです。
看護師や工場勤務者の10年、20年後の病気の発生率を調べた研究(疫学調査)では、シフトワークが多くの病気と関係していることが明らかになっています。特に、女性では乳がん、男性では前立腺がんの罹患率が増えます。また、肥満、メタボリックシンドローム、2型糖尿病、高血圧などの循環器系疾患も報告されています。

これらの結果をふまえ、世界保健機関(WHO)は、夜間勤務が「人に対しておそらく発がん性がある」と結論付けています。

夜勤の際に気をつけたいこと

それでは夜勤による時差ボケ、体内時計の乱れはいかにして防ぐのでしょうか?

完璧な答えは、「夜勤をしないこと」、しかありません。そういうわけにはいかないのですが、実は良い解決策は見つかっていないのが現状です。とにかく言えることは、夜勤によって体内時計の時刻がズレる、夜型化してしまうことを防ぐことが大事です。つまり、いかに体内時計を普段の時刻に保つかが大事です。

逆に、夜勤のために、体内時計を夜勤に合わせる努力をすることは、間違いです。その後の昼間勤務日に、結果的に時差ボケが起きるのでおすすめはできません。ただ、夜勤が1週間以上続くような職種の場合は、体内時計をその時刻に合わせることも良いかもしれません。しかし、体内時計を1週間おきにシフトさせることは、体に負担がかかり良いことではありません。

夜勤中に長めの昼寝をすることはオススメです。工場によっては夜勤中に2-3時間の休憩があり、仮眠できる場合もあるそうです。仮眠をすることで、夜勤日に徹夜と早起きをした、という感覚が得られ、生活リズム、体内時計の時刻をキープすることが可能になると考えられます。  

体内時計は健康に大事

体内時計研究がノーベル賞を取った意味は、体内時計が健康やアンチエイジングにとても大事であることが、最近の研究で強く証明されたからなのです。体内時計をしっかりと健康に保つことが、日々の健康に繋がることが理解頂けたかと思います。

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