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【早稲田大学田原准教授執筆】運動に最適なタイミングを考える時間運動学とは

いつ運動するのかを考える、それが時間運動学

24時間ピッタリになっていない私たちの体内時計は、日々の時刻合わせが必要です。体内時計は夜型の人ほど24時間より長くできています。なので、毎日遅れがちな体内時計を早めることが重要です。では、体内時計を早めるためにはどうすればいいのでしょうか?

答えは、光、食事、運動にあります。これら3つの要素をベストなタイミングで体内時計に提供することで、私たちの体内時計の時刻は調節されます。しかし、タイミングを間違えると、早めたかった体内時計は逆に遅れてしまうこともあるので要注意です。例えば、朝の光は体内時計を早めてくれるのですが、夜遅くに浴びる光(室内灯やPC画面の光でも十分)は体内時計を遅らせてしまいます。ここでは、運動にフォーカスして、運動のベストなタイミングについて考えてみたいと思います。

夕食以降の運動は体内時計を夜型化

ここでは、山口大学の研究を紹介しましょう。研究では、プロボクサーに毎日筋トレを夜の20~22時に行ってもらい、体内時計を調べています。体内時計は、髪の毛の根元にある毛包細胞(時計遺伝子の働きの日内変動)を調べることで分かります。この体内時計の時刻を、筋トレを行わなかった時と比較すると、なんと2〜4時間も体内時計が遅れていることが分かりました。つまり、夜の運動は体内時計の夜型化を引き起こしてしまうのです。

実はこの結果は、動物試験でも同じでした。運動による体内時計の時刻合わせ効果は、マウスを用いた実験で詳細に研究されています。マウスでは、ランニングマシンを使った運動、または回転輪を使った運動をさせて、その体内時計への影響を検討することができます。マウスは普段暗い時間に活動する夜行性です。夜の終わり頃、マウスにとっての夕方の運動を数日間させた後に、マウスの体内時計を調べてみました。マウスの体内時計は、肝臓や腎臓などにある時計遺伝子を測ることで調べられます。その結果、プロボクサーと同じく、体内時計は数時間遅れている結果でした。

次に早朝の運動をマウスにさせました。つまり、暗くなる直前に無理やり起こして、ランニングマシンで運動をさせました。その結果、先程とは逆に体内時計は早まりました。

よって、朝の運動は体内時計を早める効果、夜の運動は体内時計を遅らせてしまう効果があるのです。最近は24時間ジムがたくさんありますが、体内時計を正常に保つためには、夜遅くの運動はオススメできません。

ストレスホルモンとアドレナリンが鍵

では、体内時計はどうやって運動に応答しているのでしょうか?
運動は、交感神経を活性化し、神経伝達物質の1種、ノルアドレナリンを分泌します。分泌したノルアドレナリンは時計遺伝子の働きを変えて、体内時計の時刻を調節します。

一方で、運動はストレスホルモンであるコルチゾールの分泌も促します。コルチゾールもまた、時計遺伝子に直接働きかけ、体内時計の時刻を調節します。また、交感神経の活性化とストレスホルモンの分泌を阻害したマウスでは、運動による時刻調節が見られませんでした。よって、運動による交感神経の活性化、ストレスホルモンの分泌、この2つが重要な経路となります。

ヨガよりも筋トレで体内時計調節

これらのメカニズムを考えると、ウォーキングやリラックス効果のあるヨガなどよりも、激しい運動、または筋トレのような負荷のかかる運動の方が、体内時計の調節作用は強い可能性があります。

実際に、マウスでは輪回し運動よりも、ランニングマシンによる強制的な運動の方が、体内時計の変化が大きくなります。この時、ストレスホルモンの分泌や交感神経の活動は、ランニングマシンの方でより高くなっていました。

ダイエットには夕方の運動が効果的

朝から昼、夕方にかけて、私たちの体は交感神経が有位な状態が続きます。交感神経は、車で言うとアクセルのように体を活動的な状態にします。そのため、効果的に脂肪を燃焼させるには、朝の運動の方がより交感神経を上げるので効果的ではないか、という意見があります。しかし、ここで紹介するのはその逆で、運動直後の体の変化は夕方の方が大きいという話です。

研究は早稲田大学スポーツ科学部が行ったものです。若年男性10名を対象に、朝(9~10時)、または夕方(17~18時)に60分間の中等度の運動を行ってもらい、その際の血液状態を調べました。なお、朝、夕、どちらの群も一定の食事を運動の3時間前に取ってもらいました。その結果、夕方の運動は朝の運動に比べ、運動後の交感神経活性(アドレナリン、ノルアドレナリン)が高く、さらに成長ホルモン、遊離脂肪酸の量も高いことが分かりました。交感神経活性化や成長ホルモン分泌、さらに遊離脂肪酸の増加は、脂肪分解系を活性化させている証拠です。つまり、食後の運動として捉えると、夕方の運動はよりダイエット効果が高いことになります。

私たちの研究室では、朝または夕方の運動を長期間行った場合についてマウスを用いて検討しました。マウスに高脂肪の餌を与えながら、朝の4時間、または夕方の4時間のみ、輪回しを回すことが出来るケージで、4週間飼育しました。その結果、朝よりも夕方に運動を行うことで、高脂肪食による体重増加を大きく抑えることができました。

この実験では、マウスの呼気から酸素消費量と二酸化炭素産出量を測定することで、エネルギー消費量とそのカロリー源(糖質か、脂質か)を調べています。上述の条件下で呼気を24時間分析した結果、全体のエネルギー消費量は朝夕で差が見られませんでしたが、夕方運動群は糖質と比べ、より脂質を燃焼していることが分かりました。

次に、ダイエット実験として、高脂肪食を食べて既に太ったマウスに対して、朝または夕方の運動を行わせた結果、夕方運動の方が痩せていくことが分かりました。また、この時も夕方に運動することで、糖質よりも脂質をカロリー源として使っていました。よって、マウスの結果からは、夕方の運動がダイエットには効果的という結論になりました。

ダイエットには朝食前の運動も効果的

一方で、筑波大学の研究では、朝食前(6時半)、昼食後(14時半)、夕食後(20時半)の3群で、60分間運動をした後のエネルギー消費や脂肪酸酸化、糖質酸化を比べて報告しています。この実験結果では、朝食前の運動が一番脂肪酸の酸化を促進したという結果でした。よって、朝食の前の運動は、もしかしたら脂肪を燃焼させるダイエット効果が一番高い、ということかもしれません。

しかし、これらの研究は研究室に被検者を集め1日だけ行った試験です。今後、朝または夕方、食前または食後の運動を長期間続けた場合に、本当にダイエット効果が高いのはどのタイミングか、といった研究が必要です。

朝運動で筋肉の衰えを予防

それでは筋肉をつけるための運動、つまり筋トレはいつがベストなのでしょうか?まず、筋肉はタンパク質で出来ています。それゆえ、体内でタンパク質が少なくなると、筋肉はより分解されてしまい、衰えてしまいます。逆に食後などはタンパク質が増えるので、筋肉の合成は進みます。筋肉はこの合成と分解を繰り返しており、このバランスが取れることで筋肉の質を維持しています。この筋肉に必要なタンパク質で特に重要なのが分岐鎖アミノ酸、BCAAと呼ばれるものです。BCAAにはバリン、ロイシン、イソロイシンというアミノ酸が含まれます。このBCAAはまぐろの赤身、かつお、牛乳、卵などに多く含まれます。これらを多く摂ることで、筋肉の合成は活性化します。私たちの研究室では、このBCAAをいつ摂るとより良いのか、について現在研究中です。

一方で、私たちの研究では、マウスを用いて、筋肉の衰えを予防するための運動についてベストなタイミングを見つけたので紹介します。マウスの後ろ足を持ち上げて、マウスが後ろ足を使えない状態で飼育すると、後ろ足の筋肉はだんだん萎縮し、小さくなってしまいます。これは、老化による筋肉の衰え、または骨折等で運動できない時の筋肉の減少、さらには宇宙飛行士が重力が減ることで起こる筋肉の衰え、などに似た現象です。

実験では、マウスにとっての朝、または夕方に、持ち上げていた後ろ足を開放し、1日4時間だけ使えるようにして、4日間飼育し、後ろ足の筋肉量の変化を調べました。その結果、朝に開放したマウスでは、筋肉の減少は全く見られませんでした。しかし、夕方に開放したマウスは、ずっと後ろ足を持ち上げていたマウスと同様に、筋肉が減ってしまっていました。つまり、夕方ではなく、朝の数時間の運動が、運動不足による筋肉の衰えを食い止めることができたのです。運動が不足すると、アトロジン1という筋肉を分解する遺伝子が増え、筋肉の分解が進みます。しかし、朝運動することでこのアトロジン1があまり増えず、筋肉の分解が起こっていなかったのです。よって、老化による筋肉の衰えを抑えるためには、朝のウォーキングなどの運動がオススメです。

ベストなタイミングで、効果的な運動を

まとめると、①体内時計のリセットには夜よりも朝の運動、②ダイエットには朝食前か夕方の運動、③筋トレには朝の運動、がオススメになります。

それぞれ目的に従ってベストなタイミングは異なりますが、①の体内時計の調節は、その後に私たちの健康に繋がります。よって、夜遅くの運動は控える、またはヨガなどのリラックス系の運動にすることをオススメします。

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