働く人々の生産性を向上させる
睡眠の最新情報をご紹介

【早稲田大学田原准教授執筆】夜のストレスは体内時計を狂わす可能性がある?

ストレス社会、日本の現状

仕事をしているとどうしても溜まってくるのがストレスです。毎日の満員電車通勤、仕事の締め切り、上司や部下などの対人関係、家庭でのすれ違い・・・など。
日本人はよく働きますが、ストレスも多い国です。ストレスを溜め込むことは、うつ病などの心の病気の発症に繋がります。現代ではうつ病だけではなく、燃えつき症候群、無気力症、ひきこもり、自律神経失調症、など様々なこころの病に繋がります。

では、ストレスの軽減や、ストレスを溜め込まないためには、どうしたらいいのでしょうか。ここでは特に体内時計や睡眠との関係について解説していきたいと思います。

ストレスが体内時計をリセットする?

単にストレスといっても、様々なストレスが存在します。

精神的な苦痛を伴うストレス、物理的に障害を伴うストレス、さらには生体内では酸化ストレスや低酸素ストレスなどがあります。
筆者の研究室では、これらのストレスがいかに体内時計に影響を与えるのか、実験動物(マウス)を用いて研究を行い、ストレスが体内時計を大きく狂わせることを発見しました。

ストレスと体内時計の関係について実際にマウスを使った実験

実験では、まず動けないストレスについて検討しました。

とても古典的なストレス暴露方法なのですが、マウスを金網で作った小さな袋に閉じ込めて、大きく身動きが取れないような環境に2時間置きました。この処置をマウスが普段寝ている時間に、3日間連続で行った後、肝臓や腎臓の体内時計を測定します。体内時計は、時計遺伝子の働き(RNAやタンパク量)を見ることで、いま何時なのか、きっちりと機能しているのか、といった情報が得られます。測定した結果、肝臓や腎臓の体内時計は、きっちりと機能はしていたものの、普段の時刻から4時間ほどズレていました。

つまり、物理的な動けないストレスが、体内時計をリセットして、時刻を調節したことになります。

この時に、脳内の体内時計についても調べてみたところ、中枢時計がある視床下部では、ストレスに対する変化は見られませんでした。
しかし、情動・気分と関係のある脳部位(扁桃体や海馬)では、肝臓などと同様に体内時計の時刻が変化していました。よって、突然負荷されたストレスに対して、体内時計は反応したり、反応しなかったりする部位があるようです。これは、体内で「時差ボケ」が生じてることを意味しており、体内時計の不調を引き起こす可能性があります。

恐怖や不安といったストレスも体内時計を調節する

次に、異なるストレスでも同じ効果が得られるのか調べてみました。高さ30cmの棒の上に作った高台(10cm四方)にマウスを置くことで、不安を惹起させました。または、体の大きい種類のマウスがいるケージの真ん中にネットを張って、そのマウスと反対側に小さい系統のマウスをいれることで、小さいマウスに恐怖や不安を与えるストレスも行いました。

心理的・精神的なストレスは体内時計をリセットする

その結果、どちらのストレス処置でも、先述の動けないストレスと同じような体内時計の変化を見ることが出来ました。つまり、心理的・精神的なストレスは、体内時計をリセットしてしまう効果があるのです。

ストレスによる体内時計変動の鍵はホルモンとアドレナリン  

ストレスで体内時計が動いた原因を探索した結果、ストレスを受けた際に副腎皮質や髄質から分泌されるコルチゾールとアドレナリンが、肝臓や腎臓の体内時計に直接働きかけることが分かりました。
これらの臓器には、コルチゾールやアドレナリンの受容体が存在し、その受容体が活性化すると、時計遺伝子にツイッチが入るのです。実際に、この受容体を薬剤を使って予め遮断しておくと、ストレスをかけても体内時計はリセットされませんでした。

夜のストレスに注意

さて、体内時計は朝の光で時刻を早め、夜の光で時刻を遅らせる習性があります。同様にストレスも、そのタイミングによって、体内時計の動きが変わってくることが分かりました。

夕方〜夜中のストレスは体内時計を狂わせてしまう可能性あり

例えば、夜行性のマウスに夜暗くなってすぐのタイミングでストレスを与えたところ、体内時計は何も変化が起きませんでした。
しかし、昼〜夕方のストレスは体内時計を遅らせる効果、さらに夜中から朝方のストレスは体内時計を早める効果が見られました。興味深いことに、夜、マウスが寝始める頃にストレスを与えると、腎臓の体内時計が止まってしまうことも分かりました。時計遺伝子は、24時間のサイクルで増えたり減ったりを規則正しく繰り返すことで時を刻みます。しかし、寝始めのストレス後では、その増減が全く見られなかったのです。

よって、この研究結果からの教訓は、夕方〜夜中のストレスは体内時計を狂わせてしまう可能性があるので要注意、ということになります。
実際の私たちの生活で考えてみると、例えばですが、上司は部下を叱る時は朝にすることで、部下の体内時計の乱れ、夜型化を防げるのかもしれません。私たちの体内時計は24時間より少し長めにできています。なので、ストレスのタイミングによって体内時計が遅れてしまうことは、体内時計の夜型化につながってしまいます。

ストレス耐性をつけることも大事

とはいえ、ストレスがいつ自分の身にふりかかって来るかは分かりません。

では、ストレスのせいで体内時計が不調にならないためにはどうしたらよいのでしょうか。一つは、ストレスに対する耐性(stress tolerance)を普段から高めておくことです。ストレス耐性とは、ストレスに負けない強いメンタル、ストレスに耐えうる強さのことです。

ストレスに耐えることができる機能とは

筆者らのマウス実験では、先述の動けないストレスを週3回、一ヶ月間繰り返し行ったところ、一ヶ月後には体内時計はストレスに応答せずに、普段のもとの時刻のままになっていました。つまりこれは、毎日のストレス刺激に対して、ストレス耐性が構築され、段々とストレスに対する応答が弱まった結果です。
実際に、ストレス負荷1ヶ月後に、ストレス直後のコルチゾール分泌量を調べてみると、始めてストレスを負荷した後に比べて4分の1以下の分泌量しか検出されませんでした。

つまり、私たちの体にはストレスに耐えるような機能が備わっています。一方で、体内時計がストレスに対して応答したのも、一種のストレス耐性だと私は考えています。
体内時計は、地球上で生きていくために進化的に備わった生理機能です。体内時計は、ストレスが来る時刻を記憶し、また次の日も同じ時刻にストレスが来た際に耐えられるように準備しようとしたのです。

ストレス耐性に有効的なのは「運動」「規則正しい生活」

ストレスを受け続けることでストレス耐性を獲得するのは現実的ではありません。
そこで、同じくコルチゾールやアドレナリンが分泌されるのが「運動」です。日々の運動は、ストレス耐性獲得に有効な手段といえます。また、規則正しい生活や、栄養バランスの取れた食生活も、ストレス耐性獲得に効果的だと言われています。

気分障害と体内時計

私たちの体は、過度なストレスに耐えられなくなると、危険信号を発します。
例えば、夜の眠りが浅くなったり、不眠症になることがあります。また、不規則な生活を続けた場合、つまり夜勤者などは、うつ病になりやすいことも報告されています。よって、ストレスは体内時計を乱し、不眠等の体の不調を増やしますし、その乱れた体内時計はさらに精神的な変化を引き起こすという、負の連鎖が起こるのです。

興味深いことに、時計遺伝子の一つであるClock(クロック)の遺伝子変異マウスは、過活動になり、不安が少ないことが知られています。
例えば、マウスを水槽で泳がせた場合、普通のマウスに比べClock変異マウスは長い時間泳ぎ続けます。この試験は、マウスのうつ症状を測る際によく用いられます。また、高い場所で不安を惹起した場合にも、このマウスはあまり不安様行動を示しません。また、覚醒剤などの対する中毒症状を普通のマウスよりも強く示します。その原因として、報酬に関与する脳神経伝達物質であるドーパミンが、このマウスで多く分泌していることが挙げられます。実際に時計遺伝子が、ドーパミンを合成する酵素や、ドーパミンを神経に取り込む酵素の働きを制御しています。よって、体内時計の乱れは、うつや躁といった気分の変化に繋がるのです。

夜のストレスは体内時計を変化させる恐れがある

まとめると、夜のストレスは体内時計を夜型化する恐れがあるので、避けるべきです。ただ、ストレスは予期して来るものではないので、普段から運動や規則正しい生活をすることで、ストレス耐性を整えておくことが重要です。睡眠不足は体内時計の乱れやうつ病をさらに悪化させる要因になりますので、普段から質の良い睡眠を取れるように努力しましょう。

田原准教授執筆記事

運動に最適なタイミングを考える時間運動学とは

24時間より長い?体内時計を知ろう